経典などの解説他

834 名前: 16年目の現役信徒 投稿日: 2000/06/20(火) 23:18
>812さん
佛教学辞典 1928・法蔵館 より

 さんじゅうしちどうほん 三十七道品

道品とは梵語ボーデイ・パークシカの譯で、菩提分、
覺支、覺分とも譯する。佛教の至高目的たる悟の境地
(涅槃)を實現する智慧(即ち道、菩提、覺)
を得るための實踐道の種類の意で、これに三十七項目
あるから三十七道品といい、三十七菩提分法、三十七
覺支、三十七覺分とも稱せられる。
即ち四念處(四念住)・四正勤(四正断)・四如意足
(四神足)・五根・五力・七覚支(七菩提分、梵語
ボーディ・アンガの譯)・八正道(八聖道)の七科の
集計である。


阿含経典 1979 増谷文雄 第三巻より

 ついで、『阿合経典』の第四篇としてここに集録せら
れるものは、実践の方法すなわち道についての経典群で
ある。
 その「道」とは、究極の目標に到達するための実践の
方法をいうことばである。それは、例うれば、舎衛城よ
り王舎城にいたろうとするには、それに従って歩くべき
道があるように、人々が苦なる人生をたちいでて、苦な
き人生にまで到達するためには、そこにもまた、それに
従って歩くべき道が存しているのである。
 だが、その道は、かならずしも、ただ一つではない。
いろいろの道が存し、いろいろの道が語られているので
ある。それらを、古来の仏教者たちは、しばしば、「三
十七道品」あるいは「三十七菩提分法」などと称する。
この経典群のなかにも語られている「四念処」「四正勤」
「四如意足」「五根」「五力」「七覚支」および「八支
聖道」を合計すると三十七道品となる。すなわち、仏道
修行のためには、さまざまなる実践の方法が存するので
ある。
836 名前: 16年目の現役信徒 投稿日: 2000/06/20(火) 23:24
↑訂正『阿合経典』→『阿含経典』
失礼しました。
839 名前: 16年目の現役信徒 投稿日: 2000/06/21(水) 00:58
>738さん
長文に渡りますが、第五巻のはしがきを引用致します。
私が要約をしてしまったらせっかく増谷師が文筆を極めていらっしゃる
のに、それを歪めてしまって誤解の元になるかもしれませんので。
ちなみに、一〜四巻は1979年発行。
五・六巻は1987年発行、現行本です。


 さきに、南伝『相応部経典』に集録せられる五六相応、七七六二経
につき、いささかテキスト・クリティークをおこない、その若干経を
とり出して、現代語訳をこころみ、かつ、注釈を加えて、『阿含経典』
四巻を集録したわたしは、さらに、ここに、南伝『中部経典』一五二
経、および『長部経典』三四経、ならびに、漢訳『中阿含経』および
『長阿含経』に集録せられる諸経につき、ここでも、テキスト・クリ
ティークをおこなったうえで、その若干経を選び抜いて、現代語訳を
こころみ、かつ注釈を加えて、『阿含経典』第五巻・第六巻として集
録する。
 これらの経典群に属する諸経は、かならずしも、かの第一結集にお
いて誦出され、合誦されたままのものであるとはいいがたい。したが
って、これらを、かの『相応部経典』や『雑阿含経』に見られる原初
的な諸経に此するならば、あきらかに、おおくの増大、加上、再編の
あとが指摘せられ、疑いもなく、やや後時の成立になるものとせざる
を得ない。
 それにもかかわらず、これらの経典のしるすところは、なお、けっ
して、初期仏教教団の雰囲気を逸脱したものではない。
 ここに見られるものは、あるいは、さきにいうところの原初的な諸
経において見られる釈尊の説法に、さらに、その弟子たち(たとえば、
サーリプッタやアーナンダなど)による解説的な章句を加うることに
よって増大された経もある。あるいはまた、さきの原初的な諸経にお
いては取り上げられなかった、釈尊のエビソディクな言行や事件など
を題材として、新しく編まれた経も見られる。さらに、その時期まで
はなお欠けていた「仏陀の伝記」の最初のこころみもいくつか存して
いるのである。もちろん、いまだ、一経をもって釈尊の全生涯を叙す
るがごとき仏伝の成立は見るにいたらなかったけれども、なお、『中
部経典』二六「聖求経」ならびに漢訳同本『中阿含経』二〇四「羅摩
経」は、仏陀の出家、修行、正覚より初転法輪にいたるまでを、自叙
伝風の文学形式をもってまとめており、また、『長部経典』一六「大
般涅槃経」ならびに漢訳同本『長阿含経』二−四「遊行経」は、ラー
ジャガハ(王舎城)を出発点とする仏陀の最後の遊行を、まずは旅日
記風にこまごまと叙し、ついに、かのクシナーラ(拘尸那羅)城外の
サーラ(沙羅)の並木のもとにおいて「大いなる死」をとげたまえる
ことを、荘厳にして感銘ふかい叙述をもって記している。それらは、
いずれも、後年の仏伝にたいして大きな影響を与えるものとなった。
 そのようにして、これらの諸経は、いずれも、さきの『相応部経典』
や『雑阿含経』などに比すれば、かなりの長文のものとなって、ある
いは中量、時には長大なる経典として現在に伝わっている。『中部経
典』といい、『長部経典』といい、あるいは『中阿含経』といい、あ
るいは『長阿含経』と称するのは、その故である。そして、その中で
も、いまもいうところの「大般涅槃経」ならびに「遊行経」は、その
もっとも長大なる経典である。
886 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/22(木) 18:10
>821
>スッタニパータのほぼ中央、

「568、火への供養は祭祀のうちで最上のものである。
…王は人間のうちで最上のものである。…
569、…修行者の集いは、功徳を望んで供養を行う人々にとって
最上のものである。」

教えていただいてありがとうございます。
これをもって、火の祭典を最高のものであるとたたえたとは、
見事な拡大解釈ですね。
まったく違うじゃないですか。

この経典の主旨は、最後の「修行者の集い…」であることは明らかです。
世俗で言われている、わかりやすい最上のものを羅列することで、
最後を強調したのです。
Aは最上、Bは最上、それと同様に、Cは最上だ、という論法です。
あなたの解釈は、「Aは最上」だけを抜き取って、
釈迦がほんとうに言いたい「Cは最上」を無視しています。

修行の集い以外は、すべて当時の世俗一般に言われた最上のものです。
王が人間のうちで最上である、などとはカーストを
否定した釈迦がたたえるはずがありません。
「王は世俗では人間のうちで最上だと言われている」ととるべきです。
同様に「火への供養は世俗では最上の祭祀と言われている」
という意味です。
話している相手は「結髪の行者ケーニヤ」ですから、
宗教家に一番わかりやすいたとえを最初に出したのは当然でしょう。

釈迦は世俗の風習としての祭祀は否定しませんでした。
ただし、宗教的な意義は認めず、
教団内で行うことは禁止したのです。

この経典をもって釈迦が護摩を認めたとか、
火の祭典をたたえたなどというのは、
釈迦の言葉尻をとらえた曲解です。
阿含宗で有名ということは、これをもって、
護摩や星まつりを釈迦がたたえたと信じているのですね。
それとも桐山さんがそう言っているのですか。

釈迦は出家の修行者には護摩を禁止したのです。
阿含宗の護摩をどう説明するのですか。
895 名前: 16年目の現役信徒 投稿日: 2000/06/22(木) 22:13
>892さん
増谷文雄師の本より抜粋
    南伝 中部経典 一〇七 算数家目ノ連経
    北伝 中阿含経 一四四 算数目ノ連経
       より後半部分

「では、いかがであろうか。かように教え導かれた世尊の弟子たちは、みなよく涅槃を得るで
あろうか。それとも、得ないものもあるであろうか。」
「婆羅門よ、わたしの弟子の中にも、涅槃を得るものがあり、また得ないものがある。」
「では世尊よ、正しく涅槃は存し、涅槃にいたる道があり、世尊が導師としていますにもかか
わらず、いかなる理由によって、あるものは涅槃を得、あるものは得ないのであろうか。」
「婆羅門よ、それについて、いまわたしからなんじに問いたいことがある。婆羅門よ、なんじ
はラージャガハ (王舎城)にいたる道を知っているか。」
「世尊よ、私はよく知っている。」
「では婆羅門よ、これをどう考えるか。ここにひとりの人があり、ラージャガハに行こうとし
て、なんじのもとに来って、その道をたずねたとせよ。そのときなんじは、彼に語って言うで
あろう、『君よ、この道がラージャガハに通じている。これをしばらく行きたまえ。しばらく
行くと、かくかくの名の村がある。それをまたしばらく行きたまえ。しばらくすると、かくか
くの名の町がある。それをまたしばらく行きたまえ。するとやがて、ラージャガハの美しい園
や森や池が見えてくる』と。かように教えられて、あるものは安全にラージャガハに到るが、
あるものは道をまちがえ、あらぬ方に行くこともあろう。婆羅門よ、正しくラージャガハは存
し、ラージャガハにいたる道があり、なんじが導者としてあるのに、いかなる理由によって、
ある者は安全にラージャガハにいたり、ある者はあやまれる道を、あらぬ方に行くのであろう
か。」
「世尊よ、それをわたしがどうすることができようか。私は道を教えるだけである。」
「婆羅門よ、その通りである。涅槃は正しく存し、涅槃にいたる道があり、私は導師としてあ
り、しかも、わが弟子の中には、あるものは涅槃にいたることを得、またある者はいたること
を得ないが、それを、婆羅門よ、わたしがどうするということができようか。婆羅門よ、如来
はただ道を教えるのである。」

 おそらくは、その結びの言葉を、すこし冷たいと感ずる人もあるであろうと思う。だが、それ
を裏がえしてみると、そこには、ブッダの本領があかされている。ひいては、仏教そのものの本
質が、そこに見えているのである。
「わたしは、ただ、道を教える者」という、そのことばを裏がえしてみると、ブッダとは、けっ
して、全知全能の救済者ではないということである。あるいは、神と人との間をとりもつ仲保者
の役割を演ずる者でもないということである。したがって、信を表白して、この人を礼拝すれば、
それで所願が成就するというわけにはいかない。この人の本領は、あくまでも、みずから課題を
解決し、正道を実践して、それを人々に宣べ伝え、なんじらもまた、かく知見し、かく実践して、
涅槃と称するこの境地を実現せよと教えるところにある。その意味において、この人の本領は、
まさに導師、すなわち、智慧とその実践の先駆者であり、案内者である。
 したがって、結局するところ、その智慧と実践についての最後の責任は、この師にしたがう人
人に帰するのはかはない。眼を開いて存在の真相を見るのは、彼らじしんでなければならない。
心を励ましてその道を歩まねばならないのは、彼らじしんである。ブッダは、かつて、聖句を誦
する者を批判して、「他人の牛を数えるがごとし」といったことがある。自分じしんが智慧のま
なこを開かねば、何にもならないのである。われとわが身をもって実践しなければ、何の用にも
たたないのである。
896 名前: 16年目の現役信徒 投稿日: 2000/06/22(木) 22:14
つづきです

    南伝 小部経典 如是語経 九二

たとえ わたしの裳をとって
わたしの後に随い来ようとも、
もし彼
欲をいだき、いかりをいだき、邪まの思いをいだき、
怠りにふけり、知解するところがなかったならば、
彼はわたしから 遠く離れており、
わたしは彼から 遠く離れておるのである。
なにとならば
かの比丘は 法を見ないからであり、
法を見ない者は わたしを見ないからである。


たとえ わたしを遠く離れて
百里のかなたにいようとも、
もし彼
欲をいだかず、いかりをいだかず、邪まの思いをいだかず、
放逸をすてて、知解し、確立することを得たならば、
彼はわたしのそばにおり、
わたしは彼のそばにおるのである。
なにとならば
かの比丘は 法を見るからであり、
法を見る者は わたしを見るからである。
904 名前: 16年目の現役信徒 投稿日: 2000/06/22(木) 22:41
もういっちょ、つづきです。
参考にしてください。

     南伝 相応部経典 三五、一五四、説法者
     漢訳  雑阿含経  一、二八、現法涅槃

 かようにわたしは聞いた。
ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祗陀)林なるアナータピンディカ
(給孤独)の園にましました。
その時、一人の比丘が、世尊のましますところに到り、世尊を礼拝して、その傍らに坐した。
傍らに坐したかの比丘は、世尊に申しあげた。
「大徳よ、法を説く者、法を説く者と仰せられますが、大徳よ、いったい、いかなるを法を説く
者というのでありましょうか」
「もし比丘が、眼において厭い離れ、貪りを離れ、その滅尽のために法を説くならば、まさに、
法を説く比丘というべきである。また、もし比丘が、よく眼において厭い離れ、貪りを離れ、そ
の滅尽のために実成するならば、まさに法をよく実践する比丘というべきである。さらにまた、
もし比丘が、よく眼において厭い離れ、貪りを離れ、よく滅し尽して、もはや執取するところな
くして解脱するならば、彼は、その現生において涅槃に到達したる比丘というべきである。
 また、もし比丘が、耳において……。鼻において……。舌において……。身において……
 あるいは、また、もし比丘が、意において厭い離れ、貪りを離れ、その滅尽のために法を説く
ならば、まさに、法を説く比丘というぺきである。また、もし比丘が、よく意において厭い離れ、
貪りを離れ、その滅尽のために実践するならば、まさに法をよく実践する比丘というべきである。
さらにまた、もし比丘が、よく意において厭い離れ、その貪りを離れ、よく滅し尽して、もはや
執取するところなくして解脱するならば、彼は、その現生において涅槃に到達したる比丘と称せ
らるるに足るのである」
927 名前: 名無しさん 投稿日: 2000/06/23(金) 07:46
「わたくしはあなたを礼拝いたします。シャカ族の方よ。
 わたくしを諸々の疑惑から解き放ち給え。」
(スッタニパータ 1063)
「ドータカよ。わたくしは世間におけるいかなる疑惑者も解脱させえないであろう。
 ただ、そなたが最上の真理を知るならば、
 それによって、そなたはこの煩悩の激流を渡るであろう。」
(スッタニパータ 1064)

釈迦は自身に対する依存を拒否していました。
帰依する対象は人間釈迦ではなく、ダルマつまり「最上の真理」であるべきです。
礼拝については釈迦自身が望んでいませんでした。

信仰の否定は当然です。もし違うという方がいたら
釈迦は一体何を「信仰」していたというのか教えて欲しいものです。
934 名前: 名無しさん 投稿日: 2000/06/23(金) 10:19
>927さん、
お釈迦さんを拝んで、頭をなででもらっても何にもならないよとの
意味です。「それよりも私の教えたことをまなびなさい。」
教えを忘れている人への言葉です。

後世の人の、本尊とする、帰依する、礼拝する、と言う意味は、
釈迦を尊敬し、感謝し、法を学ぶと言う決心を表明するものです。
仏陀に対する真摯な気持ちをあらわすのです。

釈迦の信仰とは、真理に対する真摯な気持ちです。
1073 名前: 名無しさん 投稿日: 2000/06/25(日) 17:10
「かれ われを 罵れり われを 害したり
われに 打ち克てり われより 奪いたり」と
かれに とらわれの思い いだく あらば
怨みは ついに 消ゆること なし

「かれ われを 罵れり われを 害したり
われに 打ち克てり われより 奪いたり」
かれに とらわれの思い いだく なくば
怨みは すでに 消えて失せぬ


まこと ひとの世に いつの代も
怨みによりては 怨みは 消えず
怨みより 離る かくてこそ 消ゆ
これぞ とこしえの 真実 ならむ


「われら ここに みずからを 抑え止めむ」 と
他の ひとびとは そを わきまえず
されど そを ひとびとが わきまえて あらば
もろもろの 争いは 消ゆ
1074 名前: 名無しさん 投稿日: 2000/06/25(日) 17:23
他のひとの もろもろの あやまちを 見ることなかれ
他のひとの 為せると 為さざるを 見ることなかれ
ただ みずからの 為したるを はた
為さざりしを のみ 見よ


第一に 自己をこそ
ふさわしく 調え
しかるのち 他に 教うべし
かくあらば 賢きひとは 煩い なからむ


他に 教うるがごと
そのままに みずからに 為すべし
みずからを 制御してこそ 他を 制御せむ
まこと 自己は 制御し 難ければなり
1075 名前: 名無しさん 投稿日: 2000/06/25(日) 17:38
怨み 懐ける なかにありて 怨むこと なく
いと 楽しく われら 生きむ
怨み 懐ける ひとびとの なかに
怨むこと なく われわ 住まわむ


勝利より 怨憎 生ず
敗残のもの 苦しみて 臥す さらば
勝敗をば なげうち捨てて
寂静なるは 安楽に 住す


孤独の 味と
寂静の 味とを 味わいて
法悦の 味を 味わうひとは
苦悩 去り 禍を 離る
1297 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/30(金) 17:53
長い長い文章ですが、有益と思われますので、ここに載せます。


 流行の論題に答えないことへの不満

 もう一つの経(南伝、中部経典、六三、摩羅迦小経。漢訳、中阿含経、三二、箭喩経)は、釈尊のお
しえに不満を抱いたもう一人の弟子のことについて、つぎのような叙述をのこしている。
 それは、世尊が、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祇陀)林なるアナータピンディカ
(給孤独)の園にましました時のことであったが、その時、マールンクヤープッタ(摩羅迦子)な
る比丘は、ただ独り坐して思索にふけっていたが、その心に、ふと、つぎのような思いが浮かんだ。
 「つぎのような問題については、世尊は、説かれず、捨ておき、問いを却けられる。すなわち、
 世界は永遠であるか、有限であるかということ。世界は有辺であるか、無辺であるかということ。
 霊魂と身体は同一であるか、各別であるかということ。および、人間は死後も存するか、存しな
 いか。それとも、人間は死後なお存し、また存しないのか。あるいはまた、人間は死後存するに
 もあらず、存せざるにもあらざるかということ。世尊は、これらのことを、わたしに説いてくだ
 さらない。わたしは、それが嬉しくない。わたしはそれが堪えられない。わたしはいまや世尊の
 ところに行って、そのことを問おうと思う。それで、もし世尊が、わたしに、『世界は永遠であ
 る』とでも、あるいは、『世界は有限である』とでも、あるいは、『世界は有辺である』とでも、
 あるいは、『世界は無辺である』とでも、あるいは、『霊魂と身体は同一である』とでも、あるい
 は、『霊魂と身体とは各別である』とでも、あるいはまた、『人間は死後も存する』とか、『人間
は死後は存しない』とか、あるいは、『人間は死後なお存し、また存しない』とか、あるいはま
た、『人間は死後存するにもあらず、また存せざるにもあらず』とか説いて下さるならば、わた
しは世尊のところにおいて梵行を修するであろう。だが、もし世尊が、わたしのために、『世界
は永遠である』とも、あるいは、『世界は有限である』とも、……あるいは、また、『人間は死後
存するにもあらず、存せざるにもあらず』とも説いて下さらなかったならば、わたしは、修学を
すてて、世俗に還ろうと思う」
1298 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/30(金) 17:55
つづき

 そのように思ったマールンクヤープッタは、やがて夕刻、その坐より立って釈尊のいますところ
にいたり、釈尊を礼拝してその傍らに坐し、その思うところを釈尊に申しあげた。すると、釈尊は、
やおら彼を顧みていった。
 「マールンクヤープッタよ、かつて、わたしは、そなたに、『来れ、マールンクヤープッタよ、
 そなたはわたしの許において梵行を修するがよい。わたしは、そなたに、<世界は永遠である>
 とか、あるいは、<世界は有限である>とか、……あるいはまた、<人間は死後存するにもあらず、
 また存せざるにもあらず>とか説くであろう』と語ったことがあるであろうか」
 彼は、それに対しては、「大徳よ、そうではございません」というのはかはなかった。すると、
釈尊は、またいった。
「では、あるいは、そなたが、わたしに、『大徳よ、わたしは、世尊の許にて梵行を修したいと
思います。世尊は、わたしに、<世界は永遠である>とか、あるいは、<世界は有限である>とか、
……あるいはまた、<人間は死後存するにもあらず、また存せざるにもあらず>とか説きたまえ』
 と語ったことがあるであろうか」
 彼は、それに対しても、また、「大徳よ、そうではございません」というのはかはなかった。そ
こで、釈尊はまたいった。
 「とするならば、愚かなるものよ、そなたは誰であって、誰を謗らんとするのであるか」
 それで、彼は、頭をひくく垂れて、黙ってしまうよりはかはなかった。
 そこまでが、いうなれば、この経の前段をなす。そして、その後段においては、釈尊のマールン
クヤープッタに対する教誠がはじまる。そのなかにおいて釈尊の説いた「毒箭の喩え」は、とりわ
け印象的である。漢訳のこの経に題するに『箭喩経』をもってしたのは、その故にちがいあるまい。
釈尊はこう仰せられたのである。
「マールンクヤープッタよ、たとえば、人ありて、毒をあつく塗られた箭をもって射られたとす
るがよい。すると、彼の親友・仲間・親族・縁者は、彼のために箭医者を迎えにやるであろう。
だが、彼は、『わたしを射た者は、刹帝利か、婆羅門か、庶民か、それとも、奴隷か、それが知
られないうちは、この箭を抜いてはならない』といったとせよ。あるいは、彼は、『わたしを射
た者は、いかなる名であるか、いかなる姓であるか。それが知られないうちは、この箭を抜いて
はならない』といったとせよ。……あるいは、また、『わたしを射た弓は、通常の弓であるか、
それとも琴であるか。それが知られないうちは、この箭を抜いてはならない』といったとせよ。
また、あるいは、『わたしを射たかの箭羽根はなんの羽根であるか。鷲の羽根か、鷹の羽根か、
孔雀の羽根か。それが知られないうちは、この箭を抜いてはならない』といったとするがよい。
そうすると、マールンクヤープッタよ、その人は、それらを知らないうちに命を終ってしまわね
ばならぬであろう。
 マールンタヤープッタよ、それとおなじように、もし人があって、『世尊がわたしのために、
<世界は永遠である>とか、<世界は有限である>とか、あるいは、<世界は有辺である>とか、
<世界は無辺である>とか、……あるいは、また、<人間は死後存するにもあらず、存せざるにも
あらず>とか説いて下さらないうちは、わたしは、世尊の許において梵行を修しないであろう』
といったとするがよい。そうすると、マールンクヤープッタよ、その人は、如来によってそれが
説かれないうちに、その命を終ってしまわねばならないであろう。
 マールンクヤープッタよ、<世界は永遠である>との見解がある時、梵行がなるというような
ことはない。あるいは、マールンクヤープッタよ、<世界は有限である>との見解がある時、梵
行がなるということもありえない。マールンクヤープッタよ、<世界は永遠である>といっても、
あるいは、<世界は有限である>といっても、やっぱり、生はある、老はある、死はある、愁・
悲・苦・憂・悩はある。わたしは、現世においてそれを克服することを教えるのである。
1299 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/30(金) 17:55
つづき

 マールンクヤープッタよ、また、<世界は有辺である>との見解がある時、梵行がなるという
ようなことはない。あるいは、マールンクヤープッタよ、<世界は無辺である>との見解がある
時、梵行がなるということもありえない。マールンクヤープッタよ、<世界は有辺である>とい
っても、あるいは、<世界は無辺である>といっても、やっぱり、生はある、老はある、死はあ
る、愁・悲・苦・憂・悩はある。わたしは、現世においてそれを克服することを教えるのである。
 そのゆえに、マールンクヤープッタよ、わたしによって説かれないことは、説かれないままに
受持するがよく、また、わたしによって説かれたことは、説かれたままに受持するがよい。
 では、マールンタヤープッタよ、わたしによって説かれないこととは何であろうか。いわく、
<世界は永遠である>とはわたしは説かない。また、<世界は有限である>ともわたしは説かない。
あるいは、<世界は有辺である>とはわたしは説かない。また、<世界は無辺である>ともわたし
は説かない。……では、マールンクヤープッタよ、何故にそれらのことをわたしは説かないので
あろうか。マールンクヤープッタよ、実にそれらは、道理にも合わず、梵行の本ともならず、厭
離・離貪・滅尽・寂静・叡智・正覚・涅槃に役立たないからである。その故に、わたしは、それ
らのことを説かないのである。
 では、マールンクヤープッタよ、わたしによって説かれたこととは何であろうか。いわく、
『こは苦である』とわたしは説いた。『こは苦の生起である』とわたしは説いた。『こは苦の滅尽
である』とわたしは説いた。また、『こは苦の滅尽にいたる道である』とわたしは説いた。マー
ルンタヤープッタよ、では、何故にわたしはそれらのことを説いたのであろうか。マールンクヤ
ープッタよ、実にそれらは、道理にも合い、梵行の本ともなり、厭離・離貪・滅尽・寂静・叡
智・正覚・涅槃に役立つからである。その故に、わたしは、それらのことを説いたのである。
 マールンクヤープッタよ、だからして、わたしによって説かれないことは、説かれないままに
受持するがよい。また、わたしによって説かれたことは、説かれたままに受持するがよいのであ
る」
 またもや、ながいながい引用であった。だが、そこに釈尊が説きたもうところは、もはやわたし
がなんの注釈を加える要もないはどに、明快にして、かつ、力にみちたものであった。それは、い
ま、釈尊の所説にいささか不満を抱いてやってきたマールンクヤープッタにもよくわかった。彼は、
いまや、「歓喜して世尊のおしえを受領する」ことを得て、さいわいなるかな、「あたかも悪趣か地
獄に属するもののごとく、この法と律から脱離する」ことなくして済んだのである。
 だが、ただ一つだけ、わたしは、あえて付け加えておかねばならぬことがある。それは、これま
でマールンタヤープッタの心を閉ざしていたいくつかの論題、つまり、<世界は永遠であるか、有
限であるか>とか、<霊魂と身体とは同一であるか、各別であるか>とかいった論題は、それらも
また、その頃の沙門・婆羅門たちが、好んで論じていたところの主題であった。そして、釈尊にお
ける主題は、けっして、そのような問題ではなかった。そのことをはっきり弁別すること、それも、
また、釈尊の通が何であって何でなかったかを知るためには、きわめて肝要のことと知らなくては
ならないのである。


根本仏教 増谷文雄著 1980年 筑摩書房
1328 名前: 名無しさん 投稿日: 2000/06/30(金) 23:23
>ブッダご自身が霊魂の存在についてどう語られているかについては、
漢訳の阿含部に一連の経典があったと思います。

国訳一切経 阿含部 二
雑阿含経 巻第十九 第四弟子所説 第二目健連相応の続き、第二部
(第二品) 一から四十二までの経典がそれにあたります。

マウドガルヤ―ヤナなは同名の仏弟子が多く、かれはマハ―・マウドガルヤ―ヤナ
(大目連)とも称された。のちに仏弟子中で「神通第一」と称されたが、なぜ
このように呼ばれるにいたったかは分明でない。ある日、かれの顔色が特別に
いきいきしているのを見てシャ―リプトラがその理由をたずねると、「今日、
われブッダと法話をなせり、天眼天耳ブッダとわれとともに有すればなり。」と
答えたと仏典に記されているから、その神通力はブッダに等しいと思われていた
のであろう。またかれはしばしばプレ―タ(餓鬼)をみては微笑し、問われて
そのゆえを語ったという。プレ―タは、常人には見ることのできない祖先の霊や、
前世の悪業の報いを受けて飢えや渇きに苦しんで徘徊する霊鬼を意味する。また、
亡き母が摩利支世界に住むのを天眼をもって知り、そこから救出したという。
いわゆる目連救母伝説であるが、中国、日本で行われる盂蘭盆会、施餓鬼会の起源
をなすものである。

               ブッダの世界 中村 元 編著

経典は目連尊者の説をブッダが追認し、さらに解説するという形式をとって
いますが、

「善い哉比丘、我が声門中、実眼・実智・実義・実法に住し、決定して通達せば是
の衆生を見る。我れもまたこの衆生をみて、しかも説かざるは信ぜざるを恐るるが
故なり。所以は如何。如来の所説を信ぜざる者有らば是れ愚痴の人にして長夜に
當に饒益せざる苦を受くべければなり。」

との教説からもわかるように、当時のインドにおいてもデリケ―トな問題だった
のでしょう。誤解を避けるために配慮されている様子がうかがえます。これらの
法話は「諸の比丘」とありますから、出家修行者にむけてのもののようです。

かれらの目標とするところは道品法をそれぞれの機根に合わせて修道に専念する
ことによって「実眼・実智・実義・実法に住し、決定して通達する」ところに
あるので、教説されたのでしょう。

他の経典では「異陰」「意生身」「識」などの言葉で霊的存在について表現されて
いるようです。単純に霊魂の存在の有無について言及しない。それよりわたしが
あなたに授けた修道法をしっかりやりなさい、というのが実情だったのではないで
しょうか。
1329 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2000/06/30(金) 23:53
>1325さん、ご参考に。
      南伝 相応部経典 四三、三四、涅槃
 かようにわたしは聞いた。
 ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジエータ(祇陀)林なるアナータピンディカ
(給弧独)の園にましました。
 その時、世尊は、比丘たちに告げて、つぎのように仰せられた。
 「比丘たちよ、わたしは、汝らのために、涅槃と涅槃にいたる道を説こうと思う。よく聞くがよ
 い。
 比丘たちよ、では、涅槃とは何であろうか。比丘たちよ、貪欲の壊滅、瞋恚の壊滅、愚痴の壊
 滅、これを称して涅槃というのである。
 比丘たちよ、また、涅槃にいたる道とは何であろうか。比丘たちよ、ここに比丘があって、遠
 離により、離貪により、貪りを滅しつくして、心平等に傾向して、正見を修め育てる。また、遠
 離により、……正思を修め育てる。……正語を修め育てる。……正業を修め育てる。……正命を
 修め育てる。……正精進を修め育てる。……正念を修め育てる。……正定を修め育てる。此丘た
 ちよ、これを称して涅槃にいたる道というのである。
 比丘たちよ、このようにして、わたしは、汝らのために、涅槃を説き、涅槃にいたる道を説い
 た。
 比丘たちよ、およそ、弟子のさいわいを願い、慈しみある師が、慈しみをもって、弟子たちの
 ために為すべきことは、わたしはすべて、これを汝らのために為した。
 此丘たちよ、ここに樹下がある。ここに空屋がある。思索するがよい。放逸であってはならぬ。
 後日に悔いることなかれ。これが、汝らに与えるわたしの教誡である」
1333 名前: 1329 投稿日: 2000/07/01(土) 00:18
もうひとつ。

    南伝 相応部経典 四五、八、分別
かようにわたしは聞いた。
 ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祇陀)林なるアナータビンディカ
(給孤独)の園にましました。その時、世尊は、もろもろの比丘たちに告げていった。
 「比丘たちよ、いまわたしは汝らのために聖なる八支の道を説こうと思う。ひとつ、それを汝ら
 のために分析してみようと思う。よく注意して聞くがよろしい。そして、よくよく考えてみるが
 よろしい。では、わたしは説こう」
「大徳よ、かしこまりました」
と、彼ら比丘たちは世尊にこたえた。世尊は説いていった。
「比丘たちよ、いかなるをか聖なる八支の道というのであろうか。いわく、正見・正思・正語・
正業・正命・正精進・正念・正定である。
 比丘たちよ、いかなるをか正見というのであろうか。比丘たちよ、苦なるものを知ること、苦
の生起を知ること、苦を滅することを知ること、苦の滅尽にいたる道を知ることがそれである。
比丘たちよ、これを名づけて正見というのである。
 比丘たちよ、いかなるをか正思というのであろうか。比丘たちよ、迷いの世間を離れたいと思
うこと、悪意を抱くことから免れたいと思うこと、他者を害することなからんと思うことがそれ
である。比丘たちよ、これを名づけて正思というのである。
 比丘たちよ、いかなるをか正語というのであろうか。比丘たちよ、偽りの言葉を離れること、
中傷する言葉を離れること、そ悪な言葉を離れること、および雑穢なる言葉を離れることがそれ
である。比丘たちよ、これを名づけて正語というのである。
 比丘たちよ、いかなるをか正業というのであろうか。比丘たちよ、殺生を離れること、与えら
れざるを取らどること、清浄ならぬ行為を離れることがそれである。比丘たちよ、これを名づけ
て正業というのである。
 比丘たちよ、いかなるをか正命というのであろうか。比丘たちよ、ここに一人の聖なる弟子が
あり、よこしまの生き方を断って、正しい出家の法をまもって生きる。比丘たちよ、その時、こ
れを名づけて正命というのである。
 比丘たちよ、いかなるをか正精進というのであろうか。比丘たちよ、ここに一人の比丘があり、
いまだ生ぜざる悪しきことは生ぜざらしめんと志を起して、ただひたすらに、つとめ励み、心を
振い起して努力をする。あるいは、すでに生じた悪しきことを断とうとして志を起し、ただひた
すらに、つとめ励み、心を振い起して努力をする。あるいは、いまだ生ぜざる善きことを生ぜし
めんがために志を起し、ただひたすらに、つとめ励み、心を振い起して努力をする。あるいはま
た、すでに生じた善きことを住せしめ、忘れず、ますます修習して、全きにいたらしめたいと志
をたてて、ただひたすらに、つとめ励み、心を振い起して努力をする。比丘たちよ、その時、こ
れを名づけて正精進というのである。
1334 名前: 1329 投稿日: 2000/07/01(土) 00:19

 比丘たちよ、いかなるをか正念というのであろうか。比丘たちよ、ここに一人の比丘があって、
わが身において身というものをこまかく観察する。熱心に、よく気をつけ、心をこめて観察し、
それによってこの世間の貪りと憂いとを調伏して住する。また、わが感覚において感覚というも
のをこまかく観察する。熱心に、よく気をつけ、心をこめて観察し、それによってこの世間の貪
りと憂いとを調伏して住する。あるいは、わが心において心というものをこまかく観察する。熱
心に、よく気をつけ、心をこめて観察し、それによってこの世間の貪りと憂いとを調伏して住す
る。あるいはまた、この存在において存在というものをこまかく観察する。熱心に、よく気をつ
け、心をこめて観察し、それによってこの世間の貪りと憂いとを調伏して住する。比丘たちよ、
この時これを名づけて正念というのである。
 比丘たちよ、では、いかなるをか正定というのであろうか。比丘たちよ、ここに一人の比丘が
あって、もろもろの欲望を離れ、もろもろの善からぬことを離れ、なお対象に心をひかれながら
も、それより離れることに喜びと楽しみを感ずる境地にいたる。これを初禅を具足して住すると
いう。だが、やがて彼は、その対象にひかれる心も静まり、内浄らかにして心は一向となり、も
はやなにものにも心をひかれることなく、ただ三昧より生じたる喜びと楽しみのみの境地にいた
る。これを第二禅を具足して住するという。さらに彼は、その喜びをもまた離れるがゆえに、い
まや彼は、内心平等にして執著なく、ただ念があり、慧があり、楽しみがあるのみの境地にいた
る。これを、もろもろの聖者たちは、捨あり、念ありて、楽住するという。これを第三禅を具足
して住するというのである。さらにまた彼は、楽をも苦をも断ずる。さきには、すでに喜びをも
憂いをも滅したのであるから、いまや彼は、不苦・不楽にして、ただ、捨あり、念ありて、清浄
なる境地にいたる。これを第四禅を具足して住するという。もろもろの比丘たちよ、これを名づ
けて正定というのである」
1457 名前: 一会員2号 投稿日: 2000/07/03(月) 13:23
>1435さん
そうですね。その様なお気持ちでおられましたか、いやー失礼致しました。
最初の書き込みの調子が高かったものだから、つい言葉を荒げてしまいました。
申し訳ありません。

「如来が他人に好ましからぬ不快な語を発するのは、
(1)その語が真実でもなく、利益にもならないものであり、しかも他人に好ましくないも
のならば、如来は決してこれを語らない。
(2)その語が真実ではあるが、利益にならず、しかも他人に好ましくないものならば、
これも如来は語らない。しかし
(3)その語が真実でもあり、利益にもなり、しかも他人に好ましくないものならば、
如来はこれを語るべき時と語るべからざる時とを知るのである。さらにもし
(4)その語が真実でもなく、利益にもならないものであれば、他人には好ましいものであっても、
如来は決してこれを語らない。
(5)その語が真実ではあるが、利益にならないならば、他人に好ましいものであっても、
如来はこれも語らない。
(6)その語が真実であり、利益にもなり、また他人にも好ましいものであれば、
如来はこれを説くに時をもってするのである。
それは如来は人々に対して、慈悲の心をもっているからである。」

南伝 中部経典 五八、アバヤ王子経 より


私たちも、この様にありたいものですね。
1637 名前: 名無しさん 投稿日: 2000/07/05(水) 21:36
霊なんてあなたの勘違いであって、そのようなものは存在しない。
と主張されている方へ
次のお経はどう解釈されますか?


    南伝 相応部経典 一五、三、涙
    漢訳 雑阿含経 三三、二〇、涙

 かようにわたしは聞いた。
 ある時、世尊は、サーヴァッティー(舎衛城)のジェータ(祇陀)林なるアナータビンディカ
(給孤独)の園にましました。
 その時、世尊は、かように仰せられた。
「比丘たちよ、輪廻はその始めもなきものであって、生きとし生けるものが、無智におおわれ、
貪欲に縛せられて、流転し、輪廻したるその姶源は知ることをえない。
 比丘たちよ、これを汝らは、どのように考えるであろうか。四つの大海の水と、汝らが、怨憎
する者と会い、愛する者と別離して、ながいながい歳月にわたり、流転し、輪廻して、悲しみ歎
いた時に流し注いだ涙と、いずれが多いであろうか」
「大徳よ、われらが世尊の教えをいただいて承知いたしておるがごとくんば、大徳よ、われらが、
怨憎する者と会い、愛する者と別離して、ながいながい歳月にわたり、流転し、輪廻して、・悲し
み欺いた時に流し注いだ涙ははなはだ多くして、四つの大海の水といえどもその比ではございま
せん」
「善いかな、善いかな、比丘たちよ。汝らが、わたしの説いた法をそのように受領していること
はよい。比丘たちよ、汝らが、怨憎する者と会い、愛する者と別離して、ながいながい歳月にわ
たり、流転し、輪廻して、悲しみ歎いた時に流し注いだ涙ははなはだ多くして、四つの大海の水
といえどもその比ではないのである。
 比丘たちよ、汝らは、ながいながい歳月にわたって、母の死に逢ったのである。
 比丘たちよ、汝らは、ながいながい歳月にわたって、息子の死に逢ったのである。
 比丘たちよ、汝らは、また、ながいながい歳月にわたって、娘の死に逢ったのである。
 比丘たちよ、汝らは、また、ながいながい歳月にわたって、眷属の死に逢ってきたのである。
比丘たちよ、汝らは、また、ながいながい歳月にわたって、財宝を失う悲しみに逢ってきたの
である。
 比丘たちよ、汝らは、また、ながいながい歳月にわたって、病気の苦しみに逢ってきた。
 比丘たちよ、そのようにして、汝らが、怨憎する者と会い、愛する者と別離して、ながいなが
い歳月にわたり、流転し、輪廻して、悲しみ欺いたときに流し注いだ涙ははなはだ多くして、四
つの大海の水といえどもその比ではないのである。
 それは、何故であろうか。比丘たちよ、この輪廻はその始めも知られざるものであって、生き
とし生けるものが、無智におおわれ、貪欲に縛せられて、流転し、輪廻したるその始源は知るこ
とをえないのである。
 だから、比丘たちよ、この世におけるもろもろの営みは厭うがよく、厭い離れるがよく、した
がって、そこより解脱するがよいというのである」
  ■ここまで2ch「心と宗教」内阿含宗という宗教1より転載
   http://mentai.2ch.net/psy/kako/945/945075010.html

321 名前: 釈尊は護摩を禁じた 投稿日: 2000/09/02(土) 13:19

バラモンよ。木片を焼いたら浄らかさが得られると考えるな。
それは単に外側に関することであるからである。
外的なことによって清浄が得られると考える人は、
実はそれによって浄らかさを得ることができない、
と真理に熟達した人々は語る。
バラモンよ。わたしは〔外的に〕木片を焼くことをやめて、
内面的にのみ光輝を燃焼させる。
永遠の火をともし、常に心を静かに統一していて、
敬わるべき人として、わたくしは清浄行を実践する。
バラモンよ。そなたの慢心は重荷である。
怒りは煙であり、虞言は灰である。
舌は木杓であり、心臓は〔供犠のための〕光炎の場所である。

サンユッタ・ニカーヤ
「ブッダ悪魔との対話」中村元、岩波書店、p.147

323 名前: 釈尊は護摩を禁じた 投稿日: 2000/09/02(土) 13:21

107.百年のあいだ、林の中で祭祀の火につかえる人がいて、
またその人が自己を修養した人を一瞬間でも供養するならば、
その供養することのほうが、百年祭祀を営むよりもすぐれている。

108.功徳を得ようとして、ひとがこの世で一年間神にまつり犠牲をささげ、
あるいは火にささげ物をしても、その全部をあわせても、
(真正なる祭りの功徳の)四分の一にも及ばない。
行いの正しい人々を尊ぶことのほうがすぐれている。

391.正しく覚った人(=ブッダ)は説かれた教えを、
はっきりといかなる人から学び得たであろうとも、
その人を恭しく敬礼せよ、―――バラモンが祭りの火を恭しく尊ぶように。

ダンマパダ
「ブッダの真理のことば、感興のことば」中村元、岩波書店
326 名前: 釈尊は護摩を禁じた 投稿日: 2000/09/02(土) 13:26

例えばある種の修行者・バラモンがたは、
信者から与えられた施しの食物を食べて〔生活しながら〕
次のような卑しい術、邪悪な生活手段によって生活を営んでいます。
すなわち、四肢の特徴により、前兆により、自然現象の異変により、
夢見により、身体の特徴により、鼠に噛まれた衣服によるなどの諸種の
運命判断、また火を焚く護摩の術、〔用法の異なる種々の〕杓子を
用いる護摩の術、もみがら・ぬか・脱穀した穀物・凝乳・油を
備える護摩の術、種子などを口から火の中に吐き出して行なう護摩の術、
〔右膝からとった〕血をささげる護摩の術、また〔指の関節などの〕
身体をみて呪文を唱えて行なう運命判断、家を建てる土地の相の判断、
畑の相の判断、山犬の鳴き声による占いの術、悪霊祓いの呪術、
地の中の宝や金鉱をみつけるために占う術、蛇に噛まれた傷をなおす
呪文、毒物に対する呪文、蠍に噛まれたときの呪文、鼠に噛まれた
ときの呪文、鳥や烏の鳴き声による運命判断、これから人の生きら
れる寿命の予知、矢から身をまもる呪文、動物の鳴き声による
運命判断〔などを生活手段としている〕。しかしこのような卑しい術を
行なわないのが、また修行僧の戒めの一つです。
(DN,vol.1,pp67-70)

「ヒンドゥー教と叙事詩」中村元、春秋社、p.110
678 名前: 名無しさん 投稿日: 2000/09/08(金) 09:56
ブッダ最後の旅 大パリニバーナ経 中村元訳 岩波書店

第5章 (18.病重し)P133
11
「尊い方よ、、、、」(略)

「アーナンダよ。世界を支配する帝王の遺体を処理するのと同じ
ように、修行完成者の遺体を処理すべきである。四辻に、修行
完成者のストゥーパをつくるべきである。誰であろうと、そこに
花輪または香料または顔料をささげて礼拝し、また心を浄らかに
して信じる人々には、長いあいだ利益と幸せとが起こであろう。」
(略)
(これは、かの修行完成者・真人・正しくさとりを開いた人のス
トゥーパである)と思って、多くの人は心が浄まる。かれらはそこ
で心が浄まって、死後に、身体が壊れてのちに、善いところ・天の
世界に生まれる。アーナンダよ、この道理によって、修行完成者・
真人・正しくさとりを開いた人については、人々がかれのストゥーパ
をつくってこれを拝むべきである。
    ■ここまで2ch「心と宗教」内阿含宗という宗教4より転載(2・3は良いのが無いため不引用)
     http://mentai.2ch.net/psy/kako/965/965617064.html

985 名前: 釈尊は護摩を禁止した 投稿日: 02/10/04 00:08
バラモンよ。木片を焼いたら浄らかさが得られると考えるな。
それは単に外側に関することであるからである。
外的なことによって清浄が得られると考える人は、
実はそれによって浄らかさを得ることができない、
と真理に熟達した人々は語る。
バラモンよ。わたしは〔外的に〕木片を焼くことをやめて、
内面的にのみ光輝を燃焼させる。
永遠の火をともし、常に心を静かに統一していて、
敬わるべき人として、わたくしは清浄行を実践する。
バラモンよ。そなたの慢心は重荷である。
怒りは煙であり、虚言は灰である。
舌は木杓であり、心臓は〔供犠のための〕光炎の場所である。
サンユッタ・ニカーヤ
「ブッダ悪魔との対話」中村元



986 名前: 釈尊は護摩を禁止した 投稿日: 02/10/04 00:09
阿含宗の信者よ。木片を焼いたら浄らかさが得られると考えるな。
それは単に外側に関することであるからである。
外的なことによって清浄が得られると考える桐山靖雄は、
実はそれによって浄らかさを得ることができない、
と真理に熟達した人々は語る。
阿含宗の信者よ。釈尊は〔外的に〕木片を焼くことをやめて、
内面的にのみ光輝を燃焼させる。
永遠の火をともし、常に心を静かに統一していて、
敬わるべき人として、釈尊は清浄行を実践する。
桐山靖雄よ。そなたの慢心は重荷である。
怒りは煙であり、虚言は灰である。
舌は木杓であり、心臓は〔供犠のための〕光炎の場所である。



987 名前: 釈尊は占いを禁止した 投稿日: 02/10/04 00:10
360.師はいわれた、「瑞兆の占い、天変地異の占い、夢占い、
相の占いを完全にやめ、吉凶の判断をともにすてた修行者は、
正しく世の中を遍歴するであろう。

927.わが徒は、アタルヴァ・ヴェーダの呪法と夢占いと
相の占いと星占いとを行なってはならない。
鳥獣の声を占ったり、懐妊術や医術を行なったりしてはならぬ。

スッタニパータ
「ブッダのことば」中村元



988 名前: 釈尊は占いを禁止した 投稿日: 02/10/04 00:11
例えばある種の修行者・バラモンがたは、
信者から与えられた施しの食物を食べて〔生活しながら〕
次のような卑しい術、邪悪な生活手段によって生活を営んでいます。
すなわち、四肢の特徴により、前兆により、自然現象の異変により、
夢見により、身体の特徴により、鼠に噛まれた衣服によるなどの諸種の
運命判断、また火を焚く護摩の術、〔用法の異なる種々の〕杓子を
用いる護摩の術、もみがら・ぬか・脱穀した穀物・凝乳・油を
備える護摩の術、種子などを口から火の中に吐き出して行なう護摩の術、
〔右膝からとった〕血をささげる護摩の術、また〔指の関節などの〕
身体をみて呪文を唱えて行なう運命判断、家を建てる土地の相の判断、
畑の相の判断、山犬の鳴き声による占いの術、悪霊祓いの呪術、
地の中の宝や金鉱をみつけるために占う術、蛇に噛まれた傷をなおす
呪文、毒物に対する呪文、蠍に噛まれたときの呪文、鼠に噛まれた
ときの呪文、鳥や烏の鳴き声による運命判断、これから人の生きら
れる寿命の予知、矢から身をまもる呪文、動物の鳴き声による
運命判断〔などを生活手段としている〕。しかしこのような卑しい術を
行なわないのが、また修行僧の戒めの一つです。
ディーガ・ニカーヤ
中村元、ヒンドゥー教と叙事詩



989 名前: スッタニパータ 投稿日: 02/10/04 00:13
135 実際には尊敬されるべき人ではないのに
尊敬される人(聖者)であると自称し、
梵天を含む世界の盗賊である人、―――かれこそ実に最下の賤しい人である。

スッタニパータ
「ブッダのことば」中村元
991 名前: 阿含経 投稿日: 02/10/04 00:15
比丘たちよ、たとい比丘が、わたくしの和合衣の裳を執り、
後より随行して、わたくしの足跡を踏もうとも、もし彼が、
はげしい欲望をいだき、欲望のために、激情を抱き、瞋恚をいだき、
邪まの思惟にかられ、放逸にして知解なく、
いつまでも惑うのであるならば、彼はわたくしから遠く離れてあり、
またわたくしは彼から遠く離れてあるのである。そのゆえんは何であろうか。
比丘たちよ、かの比丘は法を見ず、法を見ざる者はわたくしを見ないからである。
「如是語経」92「和合衣」増谷文雄訳
993 名前: 阿含経 投稿日: 02/10/04 00:19
比丘たちよ、もしも、かくのごとくして出家せる者が、
なお世間的なむざぼりを抱き、もろもろの欲望において執着を生じ、
邪な思いにとらわれて、放逸にして専念することを得なかったならばいかがであろうか。
それはたとえば、両端は燃えて中間は糞をぬりたる松明のごときものである。
それは、薪の用もなさず、木材の用もなさぬ。それとおなじく、
かかる比丘は、在家人の生活をすてたるがゆえに在家人にもあらず、
しかも沙門の勝義(最高善)を成満せざるがゆえに、出家の沙門でもない。

仏陀の伝記、増谷文雄
995 名前: 阿含経 投稿日: 02/10/04 00:23
それとおなじく、比丘たちよ、いかなる沙門であれ、またバラモンにあれ、
もし彼らがこの世界をよく知らず、また、かの世界をもよく知らず、
観察のいたらぬものがあったならば、
彼らにしたがって聴いて信ぜんとする人々は、
ながき不幸を見なければならぬであろう。

仏陀の伝記、増谷文雄
997 名前: 阿含経 投稿日: 02/10/04 00:25
773.欲求にもとづいて生存の快楽にとらわれている人々は、
解脱しがたい。他人が解脱させてくれるのではないからである。
かれらは未来をも過去をも顧慮しながら、これらの(目の前の)
欲望または過去の欲望を貧る。

スッタニパータ
中村元『ブッダのことば』
999 名前: 阿含経 投稿日: 02/10/04 00:28
1045「先生!およそこの世で仙人や常の人々や王族やバラモンが
盛んに神々に犠牲を捧げましたが、
祭祀の道において怠らなかったかれらは、
生と老衰をのり超えたのでしょうか?
わが親愛なる友よ。あなたにおたずねします。
それをわたしに説いてください。」
1046 師は答えた、
「プンナカよ。かれらは希望し、称讃し、熱望して、献供する。
利得を得ることに縁って欲望を達成しようと望んでいるのである。
供犠に専念している者どもは、この世の生存を貪って止まない。
かれらは生や老衰をのり超えていない、とわたしは説く。」

スッタニパータ
中村元、ブッダの言葉、
    ■ここまで阿含宗という宗教26より転載
    http://life.2ch.net/psy/kako/1029/10294/1029471820.html